オリバー・ラリック個展「TF」

Curated by Andrea Neustein

2015年12月18日 – 2016年1月23日
開廊時間 :11:00 – 19:00
閉廊日:日曜・月曜・祝日
レセプション:2015年12月18日(金)18:00〜20:00

※展覧会は終了しました。
沢山のご来場、誠にありがとうございました。

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3D scan of a 1922 plaster cast of Transi de René de Chalon, 1545/1547 by Liguer Richier. Scanned in September 2015 at the Musée des Monuments Français with the Foundation Galeries Lafayette.
Image courtesy of the artist and Tanya Leighton, Berlin

カイカイキキギャラリーはこのたび、ベルリンを拠点に活動するアーティスト、オリバー・ラリックの個展「TF」を開催いたします。

スカルプチャーやビデオ、アニメーション、またウェブベースのプロジェクトといった様々な手法で複製および変形を掘り下げるラリックの作品は、自らの肉体を含む、イメージやオブジェクトとの関係性において私たちがますます趨勢的に感じるようになっている「流動性」を、はっきりと表現しています。

個展「TF」では、2014年に制作されたビデオ作品が展示されます。他の映画からアプロプリエーション(流用・盗用)されたアニメーションシーケンスをトレースした内容です。シーケンスは、ある形から別の形へと否応なしに変形していく肉体を描写しています。大人の男性から赤ちゃんへ、またコブラから人間へ、といった具合に。この効果を生み出すため、ラリックは映画の中から既存のシーンを抽出し、変形していく肉体を描写したアニメーションのベクターアウトラインをトレースしました。

それから、これらのベクターグラフィックアニメーションをもとの背景や文脈から切り離して真っ白な背景の上で一時停止させ、もの悲しいサウンドトラックをバックに一連のシーケンスとして再生させています。バックグラウンドミュージックの曲調は見ている私たちに、それが痛ましいプロセス、不気味で官能的な速度へとスローダウンしていく、有無を言わさず自由を奪われたひとときであることを伝えてきます。

肉体たちは、自ら推移を選んでいるのではありません。それらはモノであり、イメージ素材であり、持ち主の支配を超えた存在なのです。抽出されたシーケンスたちの間に散りばめられるように、ユーザーが創作したイメージを集めた様々なオンラインギャラリーで出会ったアーティストたちにラリックが制作を依頼した、オンラインコミュニティではまとめて「TF(transformation art/トランスフォーメーションアート)」というイメージカテゴリーに分類されている、擬人化された動物へのフェティシズムを反映したイラストや他の何かと混成された人体の、3Dレンダリングが登場しています。

ビデオ作品に加えて、ラリックが現在進行形で手掛けている公共機関にアーカイヴされた立体オブジェクトの3Dスキャンモデルを作成するシリーズからも、作品が登場します。作成された3Dモデルは、営利を含むあらゆる目的のために誰もが無料かつ無制限で使用できるよう、インターネット上に公開されます。

今回展示されるのはシリーズ最新作で、Riger Lichierの『Transi de René Chalon』を石膏で複製してスキャンしたものです。『Transi』のオリジナルは、1547年にバル=ル=デュックにある聖ステファノ教会の葬儀像として制作された、オランジュ公の死後に彼を腐敗していく骸骨として表現したポートレートスカルプチャーで、その手は自らの心臓をぎゅっと握って高く持ち上げていました。(当初は、墓を掘り起こして取り出したオランジュ公の心臓が、手のなかの小さな聖遺物箱に納められていました)。ただしラリックがスキャンしたのは19世紀に石膏を用いて複製された心臓無しのバージョンで、それはパリにある国立フランス文化財博物館(Musée National des Monuments Français)向けに制作されたものでした。

ラリックはまず石膏を使ったその複製の3Dモデルを作成し、それから人造大理石の原料であるポリウレタンと金属粉を用いて小さな浅浮き彫りを制作しています。つまりできあがったスカルプチャーはコピーに変更を加えた複製であり、古典的に使用されてきた「ファインアート」素材を真似ることを目的とした人工の代用素材でできており、ある種、複製というプロセスを思い切り歪ませた存在になっているということです。3Dモデル制作は鋳込みという古典的なスカルプチャー制作プロセスを参照していますが、3Dプリント技術が広く普及したことによって、はっきりと識別できる制作プロセスの繋がりが、またそれどころか唯一無二のオブジェクトを生み出せる可能性までもが、知らぬ間に蝕まれていくかもしれない脅威にさらされています。

オリジナルの像から遠ざかるにつれ、オランジュ公の腐りゆく遺体のオブジェはメモリアルという性格を次第に失い、より製品的な存在へと近づいていきます。創作という仮面の下には、対象をミイラのように保存したいという衝動が潜んでいるのかもしれません。もしかするとラリックによる複製は、ある形がその前の形を消費して残存物に取って代わるプロセス、一種の腐敗といえるかもしれません。彼は「記憶(memory)」という概念を、文字通りの、物理的なプロセスで表現しています。つまり「思い出す= re-member-ing」とは、肉体から離脱した中身に新しい肉体を与える(訳注:「re-member」=再度/新たにmemberする。)行為なのです。

もしも「流動的である」という感覚が、イメージやオブジェクトを知覚する行為だけでなく、私たちが何者であるのかという部分も深く貫いているのだとしたら、私たちは一体どんな「TF」なのでしょうか?仏教の格言に、こんなものがあります。「我々が死体と呼ぶものは見るも恐ろしいが、実はいまも目の前にある。我々の身体だ。」ビデオ作品においても人造大理石でできた『Transi』のレリーフにおいても、肉体が、推移または腐敗にともなって物体となっていく「恒久的で滅びゆく、また熟成して腐りゆく」 複雑なプロセスをみせています。ラリックにとって、レプリカまたは複製は常に変化であり、可能性を秘めた状態にあり続けることであり、ずっと続く、何かになろうとしている状態なのです。


アンドレア・ニュースティン