あわいにゆれる光たち

ob

2017年1月20日 – 2017年2月23日
開廊時間 :11:00 – 19:00
閉廊日:日曜・月曜・祝日
レセプション:2017年1月20日(金)18:00〜
レセプション出演者:鎌野愛菅原一樹

※展覧会は終了しました。
沢山のご来場、誠にありがとうございました。

イベント

「sora tob sakana x ob
コラボレーションライブ+トーク」

日時:2月3日(金) 19:00〜20:00
出演:sora tob sakana
参加費:無料

「風景を切り取ったお菓子を食べながら、
obの風景画についておしゃべりする会」

日時:2月18日(土) 15:00〜17:00
協力:ジオガシ旅行団
参加費:1,000円

狭間の舟, 2016
Oil on canvas
1620×970 mm
©2016 ob/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

カイカイキキギャラリーは2017年1月20日(金)より、ob「あわいにゆれる光たち」を開催いたします。

ゲームやSNSが常に身近な存在として育った新世代アーティストob。2011年、18歳で初めてカイカイキキギャラリーで個展を開いた時から6年の歳月を経て、ペインターとして成長した作品群をお見せいたします。

また、青森県立美術館の「美少女の美術史」展で、1か月間青森に滞在して現地制作した小屋の作品は、新しい物語をまとい、少女の神聖さと芸術の生まれる場所を重ね合わせたインスタレーションとして登場します。

若い作家自身の心の旅が映し出される展覧会に、ぜひご来場ください。

作家からのメッセージ

光とは自然光であり、私たちの魂です。物理的な光によって陽の温もりを感じるように、自分たちに宿る内なる光によってお互いを照らすことができると気付いたなら、ただ目に映るだけの世界とは別に、内面世界を照らして心象風景を視ることができます。

今回の個展では風景画によって自然と人間の共存の可能性を問いかけたいと思っています。過去と未来、夢と現実、人間と自然。そのような異質なものの狭間を乗り越え、どこにも属さずに何にでも変化できる少女の自由さ、想像力、祈りを《あわい》という「なにかとなにかの間」を表わす言葉に込めました。

『こんどうまれてくるときは』という馬と少女の恋をテーマにした作品では「種族や身分や宗教が異なる男女(または男男や女女)の恋」という、アブノーマルなタブーのなかで純粋な愛に目覚める姿を描いています。

少女というフィルターを通してみえてくる、自然の風景と実際の風景との違い、その揺らぎを感じていただきたいです。

ob

ob展に寄せて

黒目の大きな少女をモチーフに、少女特有の複雑な心の襞を繊細なマチエールによって表現してきたob。初期の作品は絵画という「籠」に閉じ込められた少女が自らの内面へと深く沈澱していくような印象を受けるものが多く、ザラザラとした不安感を見る者に抱かせた。しかし近年、少女の心境に変化が生じたのか、作風もまた大きく移り変わってきている。少女の心に刻まれる複雑な陰影を叙情的に表現する点は一貫しているものの、その表情からは外界との接触を厭わない穏やかさが感じられるようになってきたのだ。

加えて、ロスコのような神秘性とルドンのような幻想性を併せ持つ、繊細な筆のタッチと独特の淡い色彩の連なりによる空間表現もまたobの作品の大きな特徴と言えるが、近作ではそれまで少女を支えていた、生命がたゆたう粒子の海のような抽象的な空間から具象的なイメージが立ち上がり、物語性がより強く打ち出されている・・・。
今回の個展で中心をなす《こんどうまれてくるときは》は2014年の夏から翌年冬にかけて青森県立美術館、静岡県立美術館、島根県立石見美術館の三館で開催された「美少女の美術史」展のために、青森で滞在制作された作品である。obは「小屋」という独立した空間の天井、床を含めた5面いっぱいに、東北地方に伝わる少女と馬との道ならぬ悲恋説話から着想を得た絵画を描きあげた。東北の自然、習俗をとおし土地や人間の意識の多様性に触れたこと、「小屋」という装置がまるで礼拝堂のように機能し、イメージが見る者をやさしく包み込んでいく、絵画の「発する力」を認識したことは、その作風の変化をもたらす大きなきっかけとなったように思う。obの言う「風景画」とは、少女の「外界/他者との接触」による「成長」の様を描いたものと解釈できはしないだろうか。

そもそも風景とは光によってもたらされるものだが、人は目というセンサーで光を受信し、脳の処理によってはじめて「客体」としてそれを「見る」ことができる。つまり風景はそれぞれの脳内で生成されるもので、ひとりひとり異なる意味を持つ。心の中の光と外界の光。そしてそこから生まれる風景。obの言葉を借りるなら、その「あわい」からは見る者の数だけ「物語」が生じる。obの作品は一見「小さな物語」のように感じられるが、「描く」という行為をとおしモチーフやテーマを抽象化することで、誰もが共感し得る普遍性を有した「大きな物語」として紡ぎ出されている。少女に仮託されたその寓話の数々は、人間の生の根源を探る深い問いかけにもなっているのだ。
畢竟、我々は生物学的な脳の構造から逃れることはできない。obが手がける視覚的文学の世界は、人の心を惹きつけるものが最終的に良質な物語であることを教えてくれる。その点においてobの作品は美術の歴史へ正当に位置づけられる要素を含んでおり、同時に私的な営みと思想の表明ばかりが横行する現代日本の芸術表現に対しての高い「批評性」も備わっている。

青森県立美術館学芸員 工藤健志